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喪失感。

今日は、ふつうに過ごすことは難しかったです。心情的に。

昨夜、日付が変わる直前に訃報を知って以降、居ても立ってもいられない心地になり、ひたすらネットで関連ニュース、関係者およびZABADAKを知る人の声を探していました。とにかく、今の気持ちで共感できる言葉をたくさん見て、心に折り合いをつけたくて。
気づいたら夜明け前でした。

日中も、暇さえあればそんな感じで。日々の家事作業はやっていましたが(むしろ普段より多めに)、考えていない時はなかったんじゃないか、というくらいに頭から離れませんでした。
……なんだろう、この、「どうしたらいいかわからない」に限りなく近い心情は。

まだ(亡くなるには)若くて、あまりにも突然の出来事だったから、訃報の衝撃自体が大きい。そして、たぶん、私自身が認識していたよりももっとずっと、私の日常に深くしみ込んでいたんだろうなぁ、と今になって思います。
通学通勤時のBGMであり、創作作業中のBGMでもあり、一時期よく通っていた某劇団公演ではおなじみの劇中曲であり。この20年の間に好きになったアーティストの一部はZABADAKと関連があることをきっかけに聴き始めたし、ZABADAKの曲でなければ、20年前に観た『風を継ぐ者』を今ほど好きにはならず、その後の数年間に毎公演観に行くほどにはならず、他の舞台もあまり観には行かなかったかもしれない。

二十歳以降の20年、つまり今までの人生のちょうど半分。
それだけの間、生活のいろんな部分に多かれ少なかれ関わっていた存在(音楽)なわけですから、存在そのものであった方が亡くなられて、喪失感が大きすぎるほど大きいのはむしろ当然なのかもしれません。

……当分、もしかしたらこの先ずっと、今までと同じ気持ちではZABADAKを聴けないのかも。この声の人はもういない、この曲を作った人はもういないんだと、少なくとも当面は思わずにはいられないだろうから。
今日も、聴きながらつい考えてしまいました。iPodのシャッフルモードで再生したアルバムがたまたま『Something in the air』だったりしましたし……おそらくソロ時代でもめずらしい、インストゥルメンタルなし&吉良さんボーカルオンリーのアルバム。

これまでのZABADAKの音楽は残る。これからも聴き続ける。
ZABADAKの活動も、形を変えながら続けていくとのこと(小峰公子さんのブログより)
……でも、当たり前だけどそこに吉良さんはいなくて、吉良さんが新しい音楽を生み出すこともない。その事実がとてもさみしい。
もっと長く生きて音楽を作り続けてほしかった。ただそれだけを強く思います。

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