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2016年8月 7日 (日)

かたみわけの日:お別れ会

前の記事で、入場時からロビー内の展示の様子を書きました。
こちらの記事では、劇場内で催された「お別れ会」について。
午後4時半の開演で、6時15分頃に終了しました。
総合司会を務める、演劇集団キャラメルボックス制作部の加藤さんが、客席での注意事項&禁止事項、非常時(地震など起きた場合)の対応を説明。そして入場時に渡された封筒の中身(『音』のマスターテープがラミネート加工されたカード)について種明かしなさったのち、開始。

(以下、会のトークなどに出演なさった方のお名前表記・肩書きは「吉良知彦お別れの会【公式】@katami_wake」の、Twitterでのつぶやきから引用しています)
(語られた内容については、日にちが経っているために記憶がやや曖昧なので、細かい言葉遣いやニュアンスまではきちんと再現できないと思い、箇条書きに近い書き方をしております。文章量の多い・少ないについても個人的記憶に沿った結果で、他意は決してありません)

◎第1部:スタッフトークの出演者は以下の4名。舞台並び順の右から。
・小内(おない)弘行さん/PAエンジニア
・池内亮さん/レコーディングエンジニア
・吉田直之さん/デザイナー
・高岡厚詞さん/ディレクター
 (このパートの司会/「お別れの会」発起人の一人)

皆さんお仕事で知り合ったスタッフさんのようで、池内さんと小内さんはアルバム『回転劇場』からのお付き合い、高岡さんは『TRUTH』サウンドトラック(1999年初演版)収録時が初対面、吉田さんが『遠い音楽』(だったと思います)の頃からご存知だとのこと。
スタッフさんならでは、の製作裏話やエピソードがいくつか語られました。以下、覚えている話だけを箇条書き気味に。

○吉田さんによる、『Remains』のアルバムジャケット作成の話。
 写っているアンモナイトは吉良さんの私物。それも含めて化石をたくさん持ってきた。その日はバイクで来ていたので積んで持って帰ろうとしたら怒られて、吉良さん自ら車で当時の自宅、たしか吉祥寺まで運んでくれた。
 ガラス板や、それなりに高い板も買って化石を乗せて試したけど、うまく撮れなかった。思いあまって手近にあった歌舞伎揚げ、おかきの缶の蓋でやってみたらなかなかいい感じだったので、そのまま使った。吉良さんには言っていない。
 (最後の一言で、場内爆笑でした)

○たしか池内さんによる、レコーディング時のエピソード。
 『雲の言葉』を録音していた時、サビのあたりで突然、吉良さんが「ごめん、ちょっと歌えない」とストップをかけた。スタジオの隅にあったドラムセットの側に行き、軽く鳴らしていた。
 どうしたのかと様子をうかがったら、泣いていた。感情移入しすぎて歌えなくなったらしい。

○高岡さんによる、「TRUTH」レコーディングの話。
 「TRUTH」という曲は作詞も作曲もZABADAK外の人で、収録当日のスタジオもスタッフも吉良さんとは馴染みがなく、吉良さんにとってはアウェーな現場だった。その日、現れた吉良さんからはお酒の匂いがして、当人は気合い入れていたか緊張ほぐすためか、だったのかもしれないけど正直「この人大丈夫か?」と思ってしまった。
 しかしレコーディングが始まると全然違った。ほとんどやり直し無しで録り終えた。

○たしか小内さんによる、ライブにおける吉良さんの様子。
 ものすごくこだわりのある人で、毎回細かい所まできっちり決めていた。しかし本番になると熱が入りすぎて段取りが変わることもよくあった。
 演奏や歌はかっこいいのにMCはなんであんなにぐだぐだなのか、ともよく言われていた。


◎第2部:ミュージシャントークの出演者。舞台並び順の右から。
・難波弘之さん
・原マスミさん
・杉林恭雄さん
・新居昭乃さん
・佐藤正治さん
・青木孝明さん
・小峰公子さん(このパートの司会)

ZABADAKファンにとってはおなじみの方々ですね。 個人的には、原さん・杉林さん・佐藤さんは直に拝見するのが初めて。
この他にも縁ある方々はいらしていたようですが(元ZABADAKの松田克志さん、アイリッシュハープ奏者の木村林太郎さん、シンガーソングライターの種ともこさんや玲里さんなど)、登壇はなさいませんでした。時間的な問題とかもあったと思われます……来れる人全員呼んで話してもらったら、きっと丸一日かかっても終わりませんものね。
吉良さんと付き合いの長い方が多く、そのためか、語られるお話の過半数はお酒がらみでした。Twitterのご本人のつぶやき(2011年〜2012年頃の)からも察してはいましたけど、そんなに酒好きだったのか、とびっくりするエピソードの数々。
(とはいえ、近年はどういう理由でかは不明ながら、お酒はやめていらしたそうですが)

たとえば、新居さんのお話。
○今年は自分も30周年で、そのお祝いコメントをもらって、文中に「くそおやじ、と(新居さんに)言われたのが今も耳に残っている」と書かれていた。サイトに公開する前に説明しておくと、ある日の打ち上げで吉良くん(と新居さんは呼んでいました)が泥酔して店の床をごろごろ転げ回っていたので、思わずそう言ってしまった。
○別の日、種ともこさんの家でだったと思うけど、やはり飲んでいて吉良くんが酔っぱらっていた。「大丈夫?」と聞いたら「大丈夫なことがそんなに大事なんだろうか」と返された。ああこの人は大丈夫なことよりも大事なことがあるんだ、そんなふうに生きているんだなあ、と思った。

また、たとえば佐藤さんのお話。
○(これは知らないと思うけど、と小峰さんに前置きなさって)時々「今日、公子さんいないんだ」と電話がかかってきて、吉良宅での飲みに誘われた。酔った状態でギターを弾きまくって、ピックを使わずに弾いていたから、朝にはギターが血まみれということもあった。遅くまで飲んだ後に「24時間空いてる酒屋がある」と誘われ、そのまま吉良宅で飲んだこともあった。
(夜中に起こされたと小峰さんは途中文句を言っていらして、佐藤さんに「でも一緒に飲んでたよね」とつっこまれ、苦笑いしつつ「だって起こされたら……」と答えておられました)

どのエピソードでも、場内大笑い。
もちろんというか、音楽に関する思い出、その他のお話もいろいろと。
難波さんいわく、吉良さんが書いて渡す譜面は「コードしか書いていなくてあとは真っ白」だったそう。あるライブでのバイオリン担当が壷井彰久さんになった時、壷井さんの譜面も同じ状態だったのでどうしたらいいかと相談されて、じゃあ一緒に練習しようという流れになったとか。

ZABADAKの代表曲と言える「遠い音楽」。先にできたのは曲で、後から作詞をつけたのはステージにいる原さん。実は小峰さんも書いていらしたそうで、でもご本人いわく「ボツったんだよね」。
すると原さんが「またエッチなの書いたんでしょ」とつっこみ、書いていないと否定した小峰さんが「親と子、的なのだったかな」とおっしゃるとまた「親子はまずいでしょ」と……何がまずいんだろう、どうしてもエッチな方向に持っていきたいのかな、というつっこみ方。後日ネットのどこかで「原さんは普段はただエロい人」というような文章を目にしたので、おそらくあれが原さんの素だったのでしょう(苦笑)

出演者の皆さん、たぶん吉良さんと同年代か、いくつか年上。それだけに親しい方々の間では「まだ若かった、早かった」という気持ちも強いのだろうなと思います。
その思いを少し、冗談まじりに口にしていらしたのが杉林さん。「次は(何かあるとしたらこの中で一番年長の)原さんだと思っていた、みんな順番は守ろう」というふうにおっしゃられていて、言われた原さんは「えぇ!?」と言いたげな表情になっておられました。

杉林さんといえば、実は最近まで、アルバム『Something in the air』でたくさん作詞をなさっている人という認識しかなくて(すみません)、吉良さんとユニット組んで活動することもあったのを知ったのはごく最近(訃報発表後)
小学校と当時住んでいた団地が同じだったと知って意気投合、地名にちなんだユニット名(平針に住んでいたから「ひらばりーず」)でライブしたりしていたようです。杉林さんの方が3学年くらい上で、子供の頃に直接交流はなかったとのことですが。


◎第3部:一言コメント(登壇順)
(お名前・肩書きに続いて書いているカッコ付きの説明文は、私が知る&調べた範囲での事柄です。間違いがありましたらご指摘ください)

・光田康典さん/作曲家
 …『クロノ・クロス』でご一緒した時、自分の音楽にすごく真剣に、椅子から転げ落ちるほどにのめりこんでくださった。去年の自分の20周年ライブではバンドリーダーとして、メンバーを引っ張っていただいた。
(PS用ゲーム『クロノ・クロス』の音楽を担当、OPとED曲で吉良さんがギターなどを担当)

・ますむらひろしさん/漫画家
 …大学時代に作ったバンドに、作品に出てくる「欠食ドラネコ団」から名前を付けたと聞いた時、普通なら『アタゴオル物語』とかから名付けそうなのに、変わった人だと思った。
(『アタゴオル物語』シリーズ、宮沢賢治作品の漫画化などが代表作品。吉良さん・小峰さんともに作品のファンで個人的な交流もあった模様)

・児嶋まさるさん/神戸チキンジョージ
 …神戸に来るたび、お酒を飲ませまくっていたのでもしかしたら、それが亡くなる一因になってしまったかもしれない。この場を借りて謝っておきます。
(近年、関西でのライブ開催の一拠点だった様子。スタッフの中でも幹部のおひとりなのかなと思いますが、正確な肩書きは調べきれず。……このお話、その場で聞いているとちょっとブラックジョークがきついように個人的には感じて、大丈夫かなと思ってしまいました)

・小野賢章さん/俳優
 …舞台の稽古当時、声変わりで高い音が出なくなって悩んでいた。音楽指導だった吉良さんと小峰さんが、高い音の出し方など、いろいろ教えてくださった。
(2005年に劇団ひまわりで上演された『秘密の花園』の劇中音楽をZABADAKが担当、その舞台でヒロインと親しくなる少年を演じた俳優さん。声優業もしている様子)

・石川由依さん/女優
 …アニメ『進撃の巨人』のミカサ役に決まった時、観てくださいと連絡したら「絶対観るよ!」ととても喜んでくださった。後日、オープニング曲「紅蓮の弓矢」を草ちゃん(息子の草太郎さん)と一緒に演奏してくださったのが嬉しかった。いつか曲を書いていただきたいと思っていたのに叶わなくなって残念です。
(上記『秘密の花園』、および2004年上演『空色勾玉』にてヒロインを演じた女優&声優さん)

・菊地誠さん/物理学者
 …アマチュアの分際で、吉良さんが入れてくださったベースの音を、ボツにしたことがある。その音源はこれからも秘密です。
(関西在住、「andmo`」というバンドで活動するミュージシャンでもあり、吉良さんとのセッション経験がある模様。また学者として、小峰さんと共著で放射能についての本を出している方。……コメントなさった方々、泣いてしまう人・感情を抑える人・あえて明るく話す人と様々でしたが、話しながら一番泣いていらしたのはたぶんこの方でした)

・田崎晴明さん/理論物理学者
 …元気にバンドを率いて演奏する姿をずっと目標にしてきた。長い講義をする時、いつも「俺のプログレナイト」だと思って、まあ講義は昼間ですけど、頑張っている。これからも目標です。
 実は、最新アルバムの「The Sun Rises in the West」については、タイトルの相談を受けた。仮タイトルは「Back A Born」で、それよりもこっちの方が、と提案したものがそのまま採用された。
(上記の菊池さんの知人のようで、ご本人の日記によればその縁でZABADAKを知り、親しくなった模様)

・高松俊さん/ムーン時代のディレクター
 …音楽に対する姿勢はプロで、とても素晴らしかった。商業戦略についてはむしろ憎んでいるようなところがあった。ミュージシャンがその時その時の感性をつぎこんで作った音楽は、いつ聴いても飽きない。だからZABADAKの音楽は、30年前の曲でも古く感じないのだと思う。
(ムーン=おそらくMOON RECORDS。当時MMG株式会社[ZABADAK在籍中にイーストウエスト・ジャパンに社名変更]、現在はワーナーミュージック・ジャパンの社内レーベル)


◎第4部:演奏と合唱
高松さんのコメントが終わった時点で総合司会・加藤さんが出てきて、開演前から舞台上手側に置いてあったキーボードのそばに行き、「ここに、どう見ても難波さんのものらしきキーボードが」と言ったところから(場内もちろん爆笑)、第4部の開始。
「皆さんも一緒に歌ってください」ということで、舞台のスクリーンに歌詞が映し出されました。
全部で3曲。演奏者の順番は舞台並び順右側から。(と言いつつ2・3曲目の並び順は正確には覚えておらず、だいたいの位置です……すみません)

(1)光降る朝
キーボード 難波さん
ギター(AG)青木さん
ボーカル 小峰さん

お三方がスタンバイし、さあ始めようという瞬間に青木さんが「あ、間違えた」と一言。どうやら曲順を勘違いし、違う譜面を開いていた様子でした。
ライブによく行っていた、行っていなくてもライブの様子をある程度知っているファンの人ならご承知の通り、吉良さんはライブ中に歌詞などを間違える時が少なからずありました。
来場していた人の多くはファン歴長いでしょうから、その「定番」も察した空気で、驚きのすぐ後には笑いが。小峰さんが「あ、お家芸が」「吉良くんがいるのかと思いました」とおっしゃって、さらに笑いが起きる場内。
……個人的に、私はこの日あまり声が出なかったのですが(数日前からの風邪で)、ついつい熱を入れて歌ってしまいました。隣の席の人に耳障りにならない程度にしておかないと、と思いつつも。


(2)Tears
キーボード 難波さん
ギター(AG)&ボーカル 杉林さん
ギター(AG)青木さん
ボーカル 小峰さん
ギター(AG)吉良草太郎さん
パーカッション 佐藤さん

一気に人数が倍になり、にぎやかな舞台上。
「Tears」は作詞が杉林さんで、1ヶ月くらい前の(たしか7/9、吉良さんも出演するはずだった)ライブでは歌ったと、行った人の感想で見ました。なのでこの場で歌うのも不自然ではなく。
メンバーを見ておわかりのように、吉良さんの息子さんがギターで参加。しかし個人的には「あれ、あの人さっきのミュージシャントークにいたっけ……誰?」とか思っていて、演奏後の小峰さんの紹介でやっと気づいた次第。そのためちゃんと顔を見ずじまいだった、という体たらく(苦笑)
ちなみに上記7/9のライブでも、草太郎さんは数曲ながら演奏(その時はベースで)参加なさったとのこと。練習を始めて4年くらいのようですが(吉良さんのブログによれば)、ステージに上がるということは周囲の方々も認めるレベルには達しているのでしょうね。さすが。


(3)遠い音楽
キーボード 難波さん
ギター(AG)青木さん・杉林さん
ボーカル 小峰さん・上野洋子さん・新居さん
パーカッション 佐藤さん

すでにご存じの方も多いと思いますが、上野洋子さんが来場なさっていました。最前列の関係者席にいらしたので、10列目に座っていた私からはご本人が立ち上がるまでは見えず。……しかし真後ろに座っていたとしてもたぶん気づかなかった。私が上野さんとして知っている姿は約10年前のライブ映像が最新で、その時と比べると、髪の色や服装、全体の雰囲気がかなり違っておられたのです。たまたまだと思いますがその日の新居さん(金髪でゆったりした服装)と少し似ている感じ。
なので、小峰さんの再三の招きに応じてやっと舞台に上がられた時も(最初に「洋子ちゃんも」と小峰さんに言われた際にはかなり固辞しておられる様子で)、お名前がはっきり聞こえなかったために「え、あれってまさか上野さん? ほんとに??」としばらくは思っておりました。

私がZABADAKを知ったのは1996年夏、いわゆる「のれんわけ」の3年後なので、上野さんがいた時期をリアルタイムでは知りません。だから思い入れが強くあるわけではないのですが、それでも上野さんが手がけた曲は(も)好きですし、機会がいつか来るのなら現ZABADAKとの再共演を生で拝見したいな、というふうには思っていました。のれんわけ前からのファンならば、上野さんにすごく思い入れがあって、のれんわけ後の状況含めていろいろ気になっていらした方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
それだけに、この会に上野さんが来てくださったことは、ファンにとって非常に意味のあることだったと思います。結果的に再共演が叶わなかったのを残念に思う気持ちはあるけど、吉良さんを悼む場に来てくださって、小峰さんと抱き合って泣いて、時に顔を手で覆って歌うのが難しいくらいに泣いて、皆と一緒に「遠い音楽」を歌ってくださった。その事実がファンとしてとても嬉しく思えた。のれんわけ後に公式に関わることがなかったらしい状況や事情はどうあれ、かつての仲間を大切に思う気持ちは今も持っていてくださった、それが感じられただけで充分だな、とも思えました。
(合唱中、皆より前へ出るように何度促されてもそうはなさらず、終始他の方と並んだ位置で、控えめに歌っていらっしゃいました)

そして、なんとここでも「お家芸」が発生。
歌詞がスクリーンに映し出されていたのは先ほど書いた通りですが、この歌のほぼラスト、最後の繰り返しの部分で、実際の箇所よりも先の歌詞が表示される事態が。見ながら歌っていた客席の私たちは全員でないにしても反射的に表示の歌詞に合わせてしまい、そのズレに舞台上の皆さんも気づいてか「あれ?」といった表情で背後のスクリーンを見上げ、状況に気づいて苦笑い。
具体的に言うと「君の命こそが」「素晴らしい楽器だから」のところで、それまで2コーラス分歌ってきて場内の雰囲気はしんみりしていたし、だから吉良さんが笑わせに来たのではないか、といった意見(つぶやき)を当日夜か翌日にネットで見ました。
笑わせに、ではないとしても「絶対に吉良さん来ている!」と多くの方が思ったのではないでしょうか。3曲演奏のうち、2曲で間違いが発生したわけですから。仕込みでないのなら確率が高すぎる(笑)


◎第4部終了後、小峰さんからのご挨拶。
他の方々は袖に下がっていかれ、舞台上には小峰さんおひとり。
少し泣いたとはいえずっと気丈にしていらしたけれど、さすがにこの時点では涙を抑えきれないご様子で、何度も言葉に詰まっておられました。まだ1ヶ月ちょっと、しかも本当に突然のことだったようなので、処理しきれない気持ちでいっぱいの心持ちであられたことでしょう。
それでも一生懸命、思いを伝えてくださいました。

○ZABADAKは一度も流行らなかった。けれど、流行らないのに自分で選んで聴いてくれる、そういう人たちがいてくださったから、今まで音楽を作ってこられた。
○普遍的な音楽を作ろう、と吉良くんとずっと言ってきた。3月の30周年ライブで吉良くんが倒れて出られなくなって、DVDにはしないでおこうかと思ったけど、吉良くんは作るつもりでいた。自分がいなくても他のメンバーが引き継いでやりとげてくれた、これが30周年のZABADAKだからちゃんと残そうと。いい曲は誰が演奏してもいい曲だね、と言っていた。
○30周年のリベンジとして会場を押さえた31周年ライブ、周りの人たちも協力してくれるようなので、そのままやるつもり。

……他にもなにか話していらしたはずなのですが、ちゃんと覚えていません。もったいない(汗)
(覚えていらっしゃる方、よろしければ補足お願いいたします)


そして、ついにエンディング。
舞台上のスクリーン、合唱の時以外はずっと、吉良さんの写真がスライドショーで映し出されていました。ここ10年ほどステージや楽屋での写真を撮っておられる写真家さんが、スライドを作成したとのこと。
(当日も撮影なさっていた写真家さん、会の最後の頃には涙が止まらないご様子でした)
その映像を見上げて小峰さんが「作曲、編曲、ギター、ブズーキ、(いくつか楽器の名前が続きましたが覚えておらず)……吉良知彦!」とおっしゃったのと前後して、「POLAND」のメロディがスピーカーから。『DECADE』収録のNew Versionかなとその時は思いましたが、キャラメル上演作品『降りそそぐ百万粒の雨さえも』用にアレンジし直した「2011」バージョンだったようです。小峰さんのご希望だったとのこと。
「POLAND」については事前に予告(「風部」出動依頼が)されていたものの、演奏&合唱の時に出てこなかったので、もしかして時間が押しているみたいだから急きょ省いたのかな? そもそも今日の楽器構成だとインストの演奏は難しかったんじゃ?? とかいろいろ考えてしまっていましたが、音源を流すという形だったのかと納得。すぐさま持ってきたリコーダーをカバンから出して準備。

……最初の笛パートが終わったのち、小峰さんが客席に向かってなんと手招き。「えっ???」とまず思い、次に「あ、関係者の方々を呼んでいるのかな」と。実際、最前列の何名かは楽器を持って舞台に上がられました。しかしその数列後ろ、明らかにお客さんである人たちが徐々に席を離れるのを見て、リコーダーを握りしめて思わず走り出しました。行っていいのならこの際行っちゃおう、という衝動で。
私の後からもどんどん人が続き、総勢で30人は超えていたかなと思います。リコーダーだけでなく、笛の音が出る鍵盤楽器・アンデスや、中にはバイオリンをお持ちの方もいた様子。舞台に上がったドキドキや、舞台側からの景色を楽しんだりする暇もなく次の笛パートが近づき、とにかく「練習で吹けるようになった部分は間違えないように!」の一念で吹きました。緊張で指の動きが危ない瞬間が何度かありましたが、どうにか乗り切って、最後の一音。……二重の意味で、あの舞台(サンシャイン劇場自体、およびZABADAKのステージ)に上がるなんて展開は、後にも先にもないでしょうね……これは本当に二度とない機会、一生の思い出のひとつになりました。

演奏終了後、小峰さんが一礼して袖に下がられて、「風部」の方々も順次客席に。
全員が席に着いたあたりで総合司会さんが出てこられ、締めの挨拶。……なぜかここだけ、どんなことを言ったのか、うろ覚えにすら記憶が残っていません。冗談まじりに「アンコールはありません」的なことを仰っていたかな……ちがうかな。
記憶力とかその他、脳のいろんな部分の限界を、ここに至って超えたのかもしれません(苦笑)


私から見た「かたみわけ」の様子は、このようなものでした。
寂しい気持ち、残念な気持ちはたくさんあるけれど、楽しく過ごせました。ZABADAKを好きでいてよかった、ありがとうございました、とあらためて思えた会。

長々と(しかも2記事に分けて)書いてしまった、今となってはほぼ、自分のための覚え書きをここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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